8年務めたPTA会長を退任することになりました

本日3月7日、令和3年度沖野中学校PTA第5回運営委員会を開催し、
私が沖野中学校PTA会長としての会議は、
本日が最後となりました。

娘も卒業ということになりますので、
残すところ卒業式と、若林区PTA会長会の出席で、
PTA会長としての活動も終わりとなります。

平成26年に仙台市立沖野東小学校のPTA会長に就任して以降、
小学校のPTA会長を5年、中学校のPTA会長を3年務めました。

最初のうちは、PTA会長をあまり長くやるのではなく、
いろいろな人に役員をやってもらった方が、
沖野の地域のためにもよいかなとも思っていたのですが、

本部役員をともにやってくださる皆さんが、
PTA活動はじめ様々な活動に、非常に熱心に取り組んでくださり、
会長以外なら役員をやってもいいという方がけっこういらっしゃったので、
大変ありがたく、8年という月日が経ってしまいました。

PTA会長としては、学校のPTA活動だけではなく、
仙台市や若林区の会長会、
そして地域の諸団体の役員にも自動的に就任することになるので、
行事への出席が大変でもありました。

とりわけ沖野地区は、地域活動が熱心でもあるので、
コロナ前の小学校PTA会長時代は、年間に70件以上の行事に出席していました。

なかなか大変でした。

全国各地を見ても政治家がPTA会長をやる地区は多いので、

「選挙のためにPTA会長をやっている」

と陰で言う人は多いのですが、

PTA会長をやってみて感じるのは、
選挙にはプラスでもありマイナスでもあるので、

政治家になりたいからPTAをやるという人は、
あまりオススメできませんのでむしろやめたほうがよいでしょう。

それではなぜ私がPTA会長を8年もやったかといえば、
子供たちや保護者のみなさんと一緒に楽しいことをやるのが好きだったから、
だと振り返って思います。

おやじの会もそうでしたが、
特に小学校のPTA会長の時は、
しょっちゅう学校や市民センターに行っていたように思います。

学校では、子供たちと話をしたり、
子供たちが喜んだりする姿を見たり、
子供たちが困っていることを見つけたりしました。

同時に、保護者として子供のことで悩んだり、
子供の成長をともに喜んだりする親の姿も一緒に見ることができました。

さらに、一生懸命汗をかく校長先生や教頭先生と思いを共有したり、
若手の先生が一生懸命、子供たちのために頑張っている姿を見たりして、

30代、40代の父親が普通に暮らしていたら、
なかなか見ることのできない世界へ足を踏み入れることができたなあと、
いま思うと、貴重な経験ができたことへの感謝の念がわいてきます。

また政治家としては、
議会活動において進められている教育の様々な議論を聞いていても、

PTA活動を実践していたおかげで、
現場の感覚から乖離した議論を見分けられるようになったのは、
いま思うと大切なことであるなとも思っています。

コロナ禍においてはなかなかPTA活動ができず、
PTA活動の在り方そのものも問われるような時代になっていますし、
PTAを肯定する意見よりも否定する意見の方が多い世の中になってきていますが、

子供たちが学校をより楽しくより安心して過ごすためには、
やはり熱心なPTA活動が行われているほうがよいのだろうと、
私は8年間やってみて感じたところです。

自分の子供のために、
そして自分の子供の通う学校のために、
また子供たちが暮らす地域のために、
誰かがやらなければならない活動がたくさんあります。

私の後継のPTA会長さんも、
かねてより小学校のPTAでも熱心な方が就任する予定ですが、

これからも、子供たちのためにPTA活動を一生懸命やってくださる方が、
たくさん出てくるように、今後は側面支援をしていきたいと思っているところです。

8年間、ありがとうございました!

(第4192号 令和4年3月7日(月)発行)