憲法改正がなぜ必要と考えるかー緊急事態条項について
今日は5月3日、憲法記念日です。
毎年、憲法改正に賛成、反対の議論がこの日交わされるわけですが、
今年も昨年来の新型コロナウイルス感染症との闘い最優先、
というまさに「緊急事態」の状況です。
さて、3月9日から4月15日に読売新聞社が実施した、
全国の有権者3000人を対象とした世論調査では、
憲法を「改正する方がよい」は56%となり、
前回昨年3~4月調査の49%から上昇、
郵送方式となった15年以降で最高となりました。
「改正しない方がよい」は、前回から8ポイント低下の40%。
近年は憲法改正賛成派と反対派が5割前後で拮抗していましたが、
今回は差が16ポイントに広がりました。
そして、大災害や感染症の拡大など緊急事態における
政府の責務や権限のあり方について、
憲法を改正して条文に明記することを支持する人も59%と半数超え。
憲法を改正せず「個別の法律で対応する」は37%。
新型コロナウイルスの感染拡大で、
政府が緊急事態により強い権限で対応できるよう、
憲法改正が必要だという意識が高まっている、
との数字が出ています。
さらには、中国公船が沖縄県の尖閣諸島沖で領海侵入を繰り返していることを、
日本の安全保障上の脅威だと「感じる」は、
「大いに」66%と「多少は」29%を合わせて95%に達しました。
これは想像以上に大きい数字ですし、
新聞やテレビの報道とは違う印象がここにあるように感じます。
中国への警戒感は、
私だけでなく多くの国民が感じているのですね。
そして、施行から5年たった「安全保障関連法」を、
「評価する」も53%(前回46%)に上昇し、
「評価しない」の41%(同50%)と逆転しました。
平成27年の宮城県議選のときには、
この法律制定に反対する方々から、厳しい言葉を投げかけられたり、
街頭でも突然罵声を浴びせられたりしたものですが、
5年たって「評価する」が上昇していることに感慨深いものがあります。
また、毎日新聞の最新の世論調査においても、
憲法改正について「賛成」が48%と「反対」の31%を上回ったとのことです。
そして9条を改正して自衛隊の存在を明記することに
「賛成」は51%で「反対」の30%を上回ったということで、
世論の大きな変化を感じます。
憲法の規定する緊急事態については、
昨年来、世界各国においても新型コロナウイルス感染症の拡大を
国家の危機と受け止め、ロックダウンなど強権を発動しています。
スペインやイタリアはじめ多くの国々で、
憲法に基づく非常事態を宣言し、
国民の外出や経済活動を制限しました。
しかしわが国においては憲法で「緊急事態」が定められていません。
ちなみに1990年以降、憲法を新たに制定した国は、
世界で104カ国あるそうなのですが、
「それらの国はすべて緊急事態条項を定めている」
そうです。
国によっては時代の変化に合わせて、
緊急事態の対象をテロや自然災害に広げる改正もなされています。
憲法を守る。
国家権力を縛るための立憲主義。
それぞれなるほどと思う主張ですが、
日本国憲法96条には改正の条文があります。
憲法を守るという主張する方の中には、
改正を考えることだけで戦争への道、と主張される方がいますし、
私もこのように罵声をよく浴びせられますが、
改正することを悪とするのではなく、
どう改正するのか、中身の議論をするべきだと思います。
法律の改正で一字一句もしてはいけないとなったら大変なことになるわけですが、
憲法は一字一句も改正せず74年。
数多くの弊害が出ているにもかかわらず、
国会の憲法調査会は開催することすらできない開店休業状態が続いていました。
ちなみに平和条項を憲法に書いている国は、
世界で164か国あるそうで、
いわゆる「憲法9条」は、日本だけのものでは決してありません。
そしてついに新型コロナウイルス感染症で、
その弊害は大きくあらわれたと感じます。
感染症対策も含めた緊急事態を想定するためには、
制度上の事前準備が必要です。
「おそれがある」ことを憲法だけではなく法律に書くことを
反対する国会議員が多くいたために、
事前準備が不十分であったことは否定できません。
「おそれがある」ことを想定することを否定してきた方ほど、
「コロナに乗じて」云々と発言されていますが、
想定することを制度として取り入れなければ対策が後手に回ってしまうのです。
このコロナ禍においては、国民投票を考えると、
憲法改正の活動はなかなか難しい状況ではありますが、
しかしやはりことが起こってから法律で対処するというのではなく、
事前に起こりうる想定をしておくことが重要だと思うところです。
平成26年に私が記しました、
「憲法改正がなぜ必要なのか、緊急事態条項について」。
7年前の記事になりますが、
あらためてご覧いただければと思います。
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【以下再録】
憲法改正の議論が今年は活発化するのではないかと思っています。
私渡辺は、改正すべきと思っているのですが、
なぜ日本国憲法を改正すべきか、
何回かにわたって掘り下げていきたいと思います。
私が憲法改正が必要と考える理由はいくつかありますが、
その一つとして前回、
「大規模災害のような緊急事態に対処できない」
から、ということを書きました。。
今回は、
なぜ緊急事態(法学的に言えば「国家緊急権」)が日本国憲法にはないのか?
諸外国の憲法に緊急事態はどのように規定されているのか?
について簡単に書いていきたいと思います。
緊急事態、すなわち法学的にいう「国家緊急権」とは、
「緊急事態において、国家が、
平常時とは異なる権力行使を行う権限」
とされています。
【なぜ緊急事態(法学的に言えば「国家緊急権」)が日本国憲法にはないのか?】
日本国憲法は、明治憲法とは異なり、
国家緊急権に関する規定を置いていません。
それはなぜなのか?
昭和21年に開かれた第90回帝国議会において、
若干の審議がなされています。
当時の金森国務大臣による政府答弁では、
1 行政権の自由判断の余地をできるだけ少なくするため、
憲法に緊急権規定を置かない
しかし、
2 非常事態においては、国民の基本的権利は、
公共の福祉の枠内でのみ保障され、それが妥当かどうかは、最高裁判所が決定する
と考えていたようです。
そしてなぜ緊急権が現行憲法にないのかは、
憲法学者の学説の議論もさかんです。
学説の議論は次回に紹介したいと思います。
【諸外国の憲法に緊急事態はどのように規定されているのか?】
日本国憲法にはない、「緊急事態」。
諸外国ではどうなっているのでしょうか?
見ていきたいと思います。
(1)イギリス
イギリスでは、憲法上、国家緊急権に関する制度はありません。
もともと、イギリスには成文憲法典がないわけです。
しかしイギリスでは、古くから、
「マーシャル・ローの法理」
というものがありました。
これは、どういうものかというと、
政府は、非常事態が発生した場合、
平常時においては違法として許されないような非常手段(違法の権力行使)をもって
対処することが許容され、
その違法措置は、
事後に、議会の免責法により合法化されうる、
というものです。
1914年の国土防衛法、
1920年の国家緊急権法は、
1964年緊急権法によって改正され、現在も効力を有しています。
(2)アメリカ
アメリカ合衆国憲法にも、
国家緊急権に関する明示的な規定はありません。
イギリスとアメリカは似ていますね。
しかしアメリカもイギリスと同じように、
実際のところはちがいます。
実際には、アメリカ大統領は、
国家的な危機の際、各々緊急事態への対応について
主導的な役割を果たしてきたという伝統があります。
こうした大統領が有する権限の憲法上の根拠としては、
執行権が大統領に帰属すること、
大統領が軍の総指揮官であること、
大統領が法の忠実な執行に留意すること
があります。
非常事態に対処するために大統領がとる具体的措置としては、
アメリカでもまた、マーシャル・ローのほか、
大統領独自の裁量による緊急権の行使があります。
南北戦争時、リンカーン大統領が、
議会閉会中に、州兵の招集、歳出予算によらない国庫からの支出、
人身保護令状の発給停止を行ったこと等がありました。
第一次大戦以降は、危機に際して、大統領は、
国家緊急事態宣言を布告するという手続をとるようになります。
第二次世界大戦後は、1970年代のベトナム戦争やウォーターゲート事件を背景にして、
大統領権限を抑制する動きが本格化し、
米国軍隊を海外の戦争に投入するための手続法としての戦争権限法(1973年)や
国家緊急事態の宣言に関する手続法としての国家緊急事態法(1976年)が制定されています。
英米では、憲法に明文規定がないものの、
実質的には国家緊急権が確立しており、
法律による規定がなされているようです。
(3)フランス
フランスにおける本格的な国家緊急権制度は、
1814年の憲章第14条
で、国王は「法律の執行及び国家の安全のために、必要な規則又は命令を発する」と規定し、
国王が国家の安全のために緊急命令を発しうるとしたことに始まります。
(4)ドイツ
ドイツにおける国家緊急権は、
プロイセン憲法第111条に基づく、
1851年の戒厳に関する法律があります。
そして1919年に制定されたワイマール憲法においての規定が、
国家緊急権史上最も問題性をはらむ規定とされたものでした。
それはすなわち第48条で、
公共の安全・秩序に重大な障害が生じた、
又は「その虞があるとき」、
大統領は、必要な場合には、武力兵力を用いて緊急措置をとることができ、
同時に、この目的のために、人身の自由、住居の不可侵、信書・郵便・電信電話の秘密、意見表明の自由
等の7か条の基本権の全部又は一部を一時的に停止しうるとするもの。
この規定は、ワイマール共和国下の不断の社会的不安の中で乱用され、
ナチスの支配に道を開くこととなったとされています。
しかしそのドイツでも、
現在緊急権制度は規定されています。
その大部分は1968年の第17次基本法改正により導入されたもの。
この制度の特徴は、ワイマール憲法時代の反省に立って、
緊急命令の乱用によって政府の独裁を許さないよう、
いかなる事態においても、政府の措置を立法・司法のコントロールの下に置くようにしたこと、
また、緊急事態の程度と性格に応じて、防衛事態、緊迫事態、同意事態及び同盟事態等に区分し、
段階的な対処方法を規定していることとされています。
ドイツやフランスは、
憲法上に緊急権を明記しているわけですね。
(5)大韓民国
韓国にも緊急事態は憲法上の規定として明示されています。
想定されている事態としては「戒厳」で、
これは戦時、事変またはこれに準ずる国家非常事態に際し、
兵力をもって軍事上の必要に応じ、又は公共の安寧秩序を維持する必要があるとき
とされています。
この宣言は、閣議を経て大統領による戒厳の宣布によってなされ、
遅滞なく国会へ通告することとされています。
(6)中国
中国では、
2004年の憲法改正により緊急事態の規定が憲法に設けられ、
突発事件への各級政府の対応を定めた「突発事件対応法」が、
2007年に制定、施行されました。
そして最後に現在の緊急権の潮流ですが、
1990年から一昨年(2012年)までに憲法を新たに制定した国が100カ国あるそうなのですが、
それらの国は「すべて」緊急事態条項を定めているそうです。
つまり憲法上、国家には必ずおくべき条項であると
ほとんどの国々が考えているということができるのではないでしょうか。
次回以降は、
日本の憲法学者の「緊急事態」に対する学説の議論はどうなっているのか?
各政党は「緊急事態」についてどのように考えているのか?
これらを紹介していきたいと思います。
(第1223号 平成26年1月19日(日)発行)
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(第3884号 令和3年5月3日(月)発行)