たくさんの方々の努力の積み重ねで守られている平和-宮城県議会防衛議員連盟で防衛大学校・高等工科学校・海上自衛隊横須賀地方総監部・在日米海軍司令部・靖国神社・防衛省を視察
5月7日から3日間、
宮城県議会自由民主党・県民会議防衛議員連盟の県外視察ということで、
防衛大学校、高等工科学校、海上自衛隊横須賀地方総監部、
在日米海軍司令部、靖国神社、防衛省 などをおよそ20人の県議で視察してまいりました。
私の選挙区である仙台市若林区においても、
「陸上自衛隊霞目駐屯地」があり、
地域と密接な関係にあるというだけではなく、
東日本大震災のときには、
自衛隊の皆さんのおかげで、
私たちの暮らしが守られたという大きな実感があります。
自衛隊と地域の関係をしっかりと築いていくためにも、
全国各地の自衛隊の活動、
それぞれの基地の役割を知っておかなければと思っているところです。
毎年、
この防衛議連で各地の駐屯地等を訪れてはいますが、
遠く離れた基地からも震災のときには応援に来ていただいており、
本当に感謝の念に堪えないところです。
●防衛大学校(神奈川県横須賀市)
今回はまず、
防衛大学校を訪問しました。
防衛大学校は将来、
陸上・海上・航空自衛隊の幹部自衛官となるべき者の教育訓練をつかさどるとともに、
それらに必要な研究を行う防衛省の施設等機関です。
防衛大学校の校長は
国分良成先生。
国分先生は、
私が慶應大学在学中に教授でいらっしゃって、
私も先生の講義「現代中国政治論」を受けていました。
国分先生にひさしぶりにお会いし、
ご挨拶する機会を得、
懐かしい話を少しすることができました。
防衛大学校と慶應義塾の関係は深く、
初代校長の槇智雄はもともと慶應の教授で、
当時吉田茂首相と懇意だった小泉信三慶應義塾塾長の推薦で、
防衛大学校長に就任したのでした。
また槇は仙台市出身とのことで、これは初めて知りました。
防衛大では古川学園高校出身の学生さんが案内をしてくれましたが、
規律正しい生活、
寮生活というのもいいなと感じたところです。
村井嘉浩宮城県知事も防衛大学校28期卒とのことで、
図書館にあった卒業アルバムから当時の様子を見ました。
宮城県からもたくさんの逸材を防衛大学校に送り込んでいますが、
幹部自衛官として、
わが国の将来を担う重要機関であることをあらためて感じました。
防衛大学校 ⇒ https://www.mod.go.jp/nda/
●陸上自衛隊高等工科学校(神奈川県横須賀市)
高等工科学校は、
自衛隊を育成する高等学校で、
男子校一学年320人の将来の自衛官育成機関です。
普通科同様の一般教育、
工業高校に準ずる専門的技術の教育を行う専門教育、
陸上自衛官(陸曹候補)として必要な防衛教養、
各種訓練を行う「防衛基礎学」を主たる教育として、
生徒全員が全員校内の生徒舎で規律正しい団体生活を送ります。
情報の授業の見学もしましたが、
これからはサイバー戦争も想定されるとのことで、
教育にも変化があるようです。
生徒は北海道・東京・神奈川からの生徒が多いそうですが、
宮城県出身者も少なからずおり、
約10名の生徒が昼休みに集まってくださりご挨拶をいただきました。
若林区出身の生徒も二名おり、
将来が楽しみですね。
陸上自衛隊高等工科学校 ⇒ https://www.mod.go.jp/gsdf/yt_sch/
●海上自衛隊横須賀地方総監部(神奈川県横須賀市)
横須賀地方総監部においては、
護衛官たかなみ ⇒ https://www.mod.go.jp/msdf/yokosuka/img/takanami.pdf に乗艦し、
艦内で様々ご説明をいただきました。
遠くに米空母ロナルド・レーガンも見えましたし、
いわゆるイージス艦しきしまもとなりに停泊していました。
映画「空母いぶき」が5月24日に公開されますが、
マンガで「空母いぶき」を読んでいましたので、
いろいろと考えるところがありました。
海上自衛隊横須賀地方隊 ⇒ https://www.mod.go.jp/msdf/yokosuka/
●在日米海軍司令部
海上自衛隊横須賀地方総監部に隣接した形で、
在日米海軍司令部をはじめとする米海軍施設が存在します。
アメリカ海軍の第7艦隊は、
ハワイのホノルルに司令部を置いています。
第7艦隊はアメリカ本国の反対側に当たる地球の半分を活動範囲とし、
アメリカ海軍の艦隊の中では、最大の規模と戦力を誇っています。
その中核である第7艦隊戦闘部隊の司令部が横須賀にあるわけです。
今回は、
様々な方の御尽力で私たちは在日米海軍司令部を訪問することができました。
司令部企画官の方のご説明に通訳を入れていただき、
米海軍が世界で災害支援をどのように展開しているかのレクチャーを受けました。
宮城県民として忘れてならないのは、
あの東日本大震災のときに 米海軍にも多大なる支援をいただいたということです。
平成23年3月13日午後、
横須賀を母港とする空母「ロナルド・レーガン」が仙台沖に到着、
海上自衛隊とともに陸上への物資補給を開始します。
米空母は自らの艦載ヘリコプターのみならず、
自衛隊のヘリコプターのための洋上給油拠点として運用されました。
また空母「ロナルド・レーガン」の将兵からは毛布やセーターなど1,000着以上の寄付、
強襲揚陸艦エセックスの乗員からは、玩具が寄付されていました。
津波直後は海を船が渡ることもできなかったため、
空母が仙台沖までやってきて、
艦載ヘリコプターが気仙沼大島の住民の救助、
水の供給などをして島民の救助に尽力してくださったことなど、
こうした震災時の宮城県民への支援の感謝を、
それぞれの宮城県議会議員から御礼が述べられたところです。
空母に対する批判がまれに見られますが、
わが国の海上防衛という点は当然のこととして、
災害支援という側面からも、
わが国の軍事力の弱点が、
国民の生命財産を損なうことにつながるということも知っておかなければならないと感じます。
また、
震災後がれきだらけになった仙台空港を短期間で復興していただいたことで、
多くの物資の流通を取り戻すことができたわけで、
宮城県民として、
あらためて心よりの感謝を示したところです。
●靖国神社(東京都千代田区)
靖国神社に昇殿参拝をしてまいりました。
靖國神社は明治2年(1869)6月29日、
国家のために一命を捧げられたこれらの人々の名を後世に伝え、
その御霊を慰めるために、
明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりで、
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っています。
いまのわが国の平和があるのは、
英霊となって散華された方々のおかげであり、
様々な議論があることは承知していますが、
ただただ純粋に感謝し、
平和を現実的に守るための努力を政治の場で実現していかなければなりません。
遊就館では、
当時の大東亜戦争がなぜ起こったのか、
アメリカのハルノートに至るまでの外交交渉について、
あらためて確認する機会を得ました。
いま現実進行中のイランとアメリカの交渉を報道で見ていて、
アメリカの外交交渉があまり変わっていないなとも感じられますが、
戦争は単純に起こるものではなく、
複雑な要因が重層化しているということを、
私たちは理解していなければ、
将来にわたってわが国の平和を守ることはできないのではないかとあらためて感じたところです。
靖国神社 ⇒ https://www.yasukuni.or.jp/
●防衛省(東京都新宿区)
最後に、市谷の防衛省へうかがいました。
市ヶ谷地区内に所在する庁舎や、
極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷となった 大講堂などを移設・復元した「市ヶ谷記念館」などを含め、
わが国の防衛の中枢についてお話を様々うかがったところです。
毎年様々な駐屯地や様々な防衛の現場へ伺っていますが、
今回のこの防衛議連視察においても、
自衛隊宮城地方協力本部のみなさまはじめ、
関係者の皆様には大変お世話になりました。
全国25万人の隊員の皆さんが、
毎日命がけで私たちの生命・財産を守る職務を 果たしてくださっているということを、
私たち国民はもっと知らなければならないなとも思う次第です。
「国を守る」と一言で言いますが、
様々な方々や様々な機関が全身全霊の努力をした結果、
そして歴史的にもその積み重ねの結果、
わが国はたまたま守られているに過ぎないということを、
今回は特に感じたところです。
今回訪問した施設等でも多くのことを学びましたので、
今後の政治活動に確実に活かしてまいりたいと思いながら、
あらためて自衛隊の皆さんに感謝したいと思います。