東日本大震災から15年ー次の時代へ、そして防災の知見を全国に共有を

本日3月11日で、
東日本大震災からちょうど15年の月日が経ったことになります。
毎年と同じように今日は、
私の地元六郷地区の東六郷コミュニティ広場にある、
東日本大震災慰霊碑の前で、地元の皆さんと14時46分を迎えました。
若林区沿岸部であるこの六郷地区では、
沖野地区の5名を含め126名の方が津波により亡くなられました。
このコミュニティ広場は、5年前の春、
津波で被災した旧東六郷小学校跡地に新たにつくられたものです。
今日は、荒浜観音にも足を運び手を合わせるとともに、
宮城野区の「なかの伝承の丘」にも伺い、
最後は毎年と同じように、
勾当台公園で開催された「キャンドルナイト2026」に伺いました。
このイベントで中心となって活動してくださっている高校生も、
震災の記憶はない世代になっており、
15年という月日が過ぎ去ったのだということを感じさせられます。
しかし私としては、いまでもテレビや新聞等で、
あのときの映像が目に入ると、
心が落ち着かなくなり、いろいろ思い出しますし、
旅立ってしまった同級生や、
あの友人やこの友人、お世話になった方々、一変した光景などを思い出します。
地元だけではなく、
県内各地で様々なボランティア活動もしましたし、
全国各地や世界から物資をいただき、それらを各所に運んだり、
がれきの処理もやっていましたね。
思い起こすと、平成23年は、あの震災があったからこそ、
県政で復興を実現したいという思いから私は県議選に出馬、
そして「落選した」年でした。
そういう意味では、
私にとっては政治を志す大きなきっかけになった年から、
15年の月日が経ったとも言えます。
今後、少子化が進み人口減少社会のなかで、
どのように地域を復興から次のステージへ発展させていくか、
非常に難しいところです。
被災地の課題はコロナ禍を経てさらに山積しているところですが、
この15年、震災からの復興のために、
全国、全世界から多くの方々にご協力をいただき、
また国からの支援があったことでここまで何とか来ることができた、
このことにあらためて感謝申し上げながら、
東北から元気を発信し、
特に防災の知見を全国にお返しをしていかなければならないと思っています。
阪神大震災や、能登半島地震など、
日本は災害の多い国でもあります。
東日本大震災で私たちが経験したことを共有し、
私たちの時より少しでも早く復興が進むよう、
今後、全国で災害があった際には、
できる限りの協力をしていかなければならないと思いますし、
様々な支援をこれからも進めていかなければと思います。
これからは、東日本大震災からの復興を完遂することに加えて、
今後各地で頻発する災害対策に、震災における知見を活かすこと、
そして同時に震災で経験した被災の知見を被災地から発信し伝え続けること、
「支える側に回り、伝え続ける活動」
が、被災地の私たちに課された使命であると感じています。
防災庁設置法案が3月6日に閣議決定され、
事前防災の徹底や、発災時から復旧・復興までの一貫した災害対応などをめざす行政機関が年内にも誕生します。
行政としての取組も含め、なすべきこと、これから新たに取り組むべきことがまだまだあります。
3月11日になると震災の記憶は、みなさんそれぞれだということをあらためて感じます。
そして濃淡はあっても多くの方々が、地域を問わず、心を痛められたことと思います。
それでもやはり、いま、こうして生きているということは、
次の時代に何を残していくかということを考えていくべきなのだろうと私は考えています。
もちろん、風化する、忘れてしまうことも、
私たちにとって心の安定という点では必要なことであるとも言えますが、
忘れてはならないこと、伝えなければならないこともあるのだろうと思うのです。
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あのとき。
私は、震災直後の信号機が壊れた仙台港近くを通ることがありましたが、
車の誘導をしているパトカーは、
「沖縄県警察」でした。
岩沼市で見かけた給水車は、香川県の
「丸亀市」
の支援によるものでした。
地元の沖野中学校の避難所には、
震災後すぐに「京都市」から支援をいただきました。
沖縄のパトカーを仙台で見ることなどもうないでしょうし、
香川の給水車からこの宮城県で水をいただけるシーンを見ることも、
もうないことでしょう。
震災からわずか数日で、
全国からこのような応援をたくさんいただいたことに、
とても驚きましたし、
その後も全国、全世界から応援をいただいたことは、
本当にありがたく、力強い心の支えだったと思い起こされます。
避難所で新学期に文房具がないということを知り、
このメルマガなどで発信し、
全国、全世界からほんとうにたくさんの文房具を万単位で
読者の皆さんから送っていただきました。
ありがたい気持ちが、
私たちの心にいまでも深く刻まれています。
みなさん、ありがとうございました。
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そして思い起こすと、
私自身もあの日、
そしてあの日からいろいろなことが一変しました。
平成22年、23年は私の人生のどん底で、
大転換期であったかなと今になってみると感じます。
あのころは別れが多く、
涙を流すことも多く、
悲しい思いもたくさんしましたし、
つらい思いもたくさんしました。
しかしどんな窮地に陥っても、
「いまここにこうやって生きている、
命があることだけでありがたいことだな」
と必ず思えたことで、
この厳しい時を乗り越えることができたように思います。
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これからは、
私たちが多くの方に、少しでもいいので、
全国の方々の力になれるよう努力をしていかなければなりません。
私たち東北の人間が、
日本のために、世界のためにどこかで役立てるよう、
そして役立つことで私たち自身が
幸せを感じられるように
なっていかなければならないと思っています。
この15年間、
いつ死んでもいいという思いで、
あらゆることに取り組んできましたが、
ここからさらに、全力を尽くしていきたいと思います。
新しい宮城をつくる、
新しい日本をつくることを意識して、
この経験を必ず生かす政治を実現していきたいと思います。
東日本大震災から15年。
●全国の避難者等の数は、26,281人(令和8年2月1日現在復興庁調べ)
⇒ https://www.reconstruction.go.jp/files/user/topics/main-cat2/sub-cat2-1/260303hinansya.pdf
●全国の震災の死者数は、15,901人(令和8年3月9日警察庁発表)
●全国の震災による行方不明者は、2,519人(令和8年3月9日警察庁発表)
です。
行方不明者数は昨年の数字からお一人減りました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
震災から15年たった現在も、この数字を見ると、
まだ復興が終わったとは言えない現状ですし、
悲しみやつらさをたくさん抱えた15年でしたが、
それでもやはり、
「破壊されるものがあれば、
そこには必ず創造されるものがある。」
そう信じながら同時に、
宮城県の政治家として
地域のみなさんの先頭に立って、
「つくる」
活動を継続していきたいと思います。
みんなで、がんばってまいりましょう。
「東日本大震災から14年ー次の時代へ、そして全国へ伝え続けること」(R7.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-3148.html
「東日本大震災から13年ー次の時代へ、そして全国へ伝え続けること」(R6.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-3109.html
「東日本大震災から12年ー次の時代へ伝え続けること」(R5.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-3045.html
「東日本大震災から11年ー伝え続けること」(R4.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2953.html
「東日本大震災から10年、そして次の10年」(R3.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2834.html
「震災から九年─支えることと伝えること」(R2.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2729.html
「震災から八年─政治を志して八年」(H31.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2728.html
「震災から七年─震災後に生まれた小学一年生がまもなく入学」(H30.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2459.html
「震災から六年─小学一年生は卒業式」(H29.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2298.html
「震災から五年─「復興・創生期間」ここからが勝負!」(H28.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2121.html
「東日本大震災から四年─破壊から創造を」(H27.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1726.html
「つくるの原点─震災から三年になりました」(H26.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1354.html
「東日本大震災から二年─平了のハチマキというバンド」(H25.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-981.html
「東日本大震災から一年がたちました」(H24.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-607.html
(第5657号 令和8年3月11日(水))